イトチの日日

    札幌在住 50代 性別はおばさんです。日々の記録です。

    なかったことには出来ないこと。


    カミングアウトについて考える時、私はいつもAIDSのことを思い出してしまうのです。
    イトチです。

    AIDSという病気のことを知ったのは、高校生の頃でした。
    当時はまだ正しい知識が広まっておらず、AIDSは男性同性愛者の病気だと言われていました。

    そのためテレビでもかなり失礼な報道をされていたし、学校でもそれに便乗して「馬鹿にしても良いもの」であるかのように噂されていました。

    多くの異性愛者が「自分は安全だ」「特殊な人間がなる病気だ」と油断して気が大きくなっている分、傲慢になっていたのです。

    その時のことを思い出すと、未だに怒りと恐怖で視界がくらくらしてきます。
    女好きであることがバレたら自分も同じ目にあうかもしれない、と思うと震えがくるほど恐ろしかったし、絶対に知られてはいけない秘密を抱えた気分でした。

    夜のバラエティー番組で、MCの人が笑いながら面白おかしくAIDSのことを取り上げていたことを、私は生涯忘れないと思います。

    死から逃れられているという安全感で、人がどれだけ差別的になれるのか、どれほどの失礼を働けるのか、しかもそれがテレビで公然と流されていることの残酷さと、それを世間が許していることの狂気は、10代の若者を恐れさせるのに充分すぎるほどの異常さだったと思います。

    ほどなくして、関西で女性のAIDSの方が亡くなりました。
    その途端、テレビは急に面白おかしい伝え方をやめて、教育番組のようにAIDSの情報を流し始めました。

    テレビ越しにも伝わる緊張感とパニックの中、数週間前に笑いながらAIDSについて喋っていたMCが、大真面目な顔でコンドームの大切さを説いているのを見て、
    ざまあみろ!
    と思いました。
    テレビの向こう側に対して、そこまではっきり憎悪と怒りを感じたのは初めてのことでした。

    ざまあみろ!
    ざまあみろ!
    人を馬鹿にするからだ。
    ざまあみろ!

    完全なるルサンチマンです。
    そしてこの憎しみは、今でも消えずに残っています。

    世の中は確かに変わったとは思います。
    でも私は社会を、多数派の人を信用できません。

    「みんな」が「個人」を馬鹿にして笑う、という構造は完全にはなくならないのではないか、と初期のAIDSの報道を思い出すと、今でも怖くなるのです。








      ☝それでもいつか信頼できる誰かに、本当の自分を知ってほしいという気持ちはあります🌈


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      [ 2022/01/16 20:16 ] セクシャリティー | TB(-) | CM(-)